核抑止力論は破綻 「核廃絶しかない」
8月6日(日)、被爆78年目の夏は、被爆地ヒロシマで核保有国も含むG7の首脳会議が開かれ、核抑止力を肯定する「広島ビジョン」を広島出身の首相が大きな成果として自慢するという、核廃絶から逆行する危険性を感じさせる中で迎えました。
平和宣言の中で松井市長は「核抑止論は破綻している」と広島ビジョンを否定し、核兵器禁止条約の締約国となるよう求め、湯崎知事は核抑止論者の為政者に対し、「あなたは責任が取れるのですか」と非難の言葉を上げるなど、広島からの声はいずれも「核は廃絶しかない」の思いだったのではないかと思います。
県立総合体育館(グリーンアリーナ)で開かれた原水爆禁止2023年世界大会・ヒロシマデー集会が、8月6日(日)の午後、開催されました。
今年の世界大会は長崎がメイン会場だったこともあり、ヒロシマデー集会には中国・四国地方を中心に1500人の参加と、全国各地からのWebでの視聴があったようです。
今年の集会には、ノーベル平和賞を受賞したサーロー節子さんの集会参加が事前に告知されていた事もあり、関心も高く、集会の中でも多くの時間を割いていて、しっかりと話を聞く事ができました。
自らの被爆体験やアメリカでの迫害、国連での核保有国の対応を目の当たりにする中で、念願の核兵器禁止条約ができ、この非核の火を次代へつなげて欲しいと訴えられました。
また、黒い雨被害者の支援や、条約批准を求める署名への協力の呼びかけもあり、松井市長からの連帯のメッセージも紹介されました。
広島北民商からは、久村会長や事務局員ら5名が参加しました。
ヒロシマデー集会に参加して
今年も世界各地から核兵器をなくそうと多くの方々が集まり、それぞれの活動や思いを聞かせてもらいました。その中でもサーロー節子さんと矢野さんの被爆の実体験の話が特に印象に残りました。
小学校以来(?)話を聞く機会が無かったという事もあり、78年前のことなのに昨日の事のように鮮明に覚えている事や、生き残ったことに罪を感じていたという話は、実体験だからこそこちらにもすごく伝わるものがありました。
被爆者の方の平均年齢が85歳になったと聞いて、貴重な体験談を後世に残していくことも核兵器廃絶に繋がる大切な遺産だと改めて感じました。